
『社長の条件・軌跡』 大きな挫折!更新しました

『社長の条件・軌跡』 大きな挫折!更新しました 2015.01.15
四 大きな挫折
高畑たち、希望に胸躍らせて入部してきた1年生は、大学生初日である4月1日から本格練習に加わることになった。
この日、早速、高畑はその出端をくじかれた。
突然、1万メートルの記録会に参加させられることになったのだ。そして、これをもとにクラス分けをさせられるというのである。
コーチが大きな声で1年生全員に伝える。
「では、1万メートルの記録をとります。みんな身体をつくってきただろうな。言っておくが、これは真剣勝負だぞ。しっかりと走れよ」
長距離セクションの1年生は全部で10人。みな、一様に緊張しているようだ。しかし、逆に高畑は喜んだ。こんなに早く得意分野をアピールできる機会が訪れるとは思いもしなかったからだ。
レースが始まると、高畑は以前のように後ろから1人ずつ、落伍者を拾っていき、最終的にトップをうかがう作戦に出た。
しかし目論見はもろくも崩れた。
みんなのペースが思いのほか速い。速すぎる。
明らかに高校のときとは違う。落伍したのはほかならぬ、高畑だった。1位の選手には2周遅れの差をつけられ、倒れこむようにゴールしたとき、ほかの部員の口元にはさげすんだような笑いがみえた。完敗だった。
(どうして。長距離は絶対の自信があったのに)
「よっ、お疲れさん。お前は5軍だな、まず体力をつけないとダメだな」
見上げると、先輩たちが興味深そうに高畑を取り囲んでいた。このような後輩に対するプライド破壊行動は、この陸上部ではたびたびみられる光景だ。
立ち上がった高畑に先輩の1人が尋ねた。
「おい、高畑。お前はどこの高校を出たんだ」
「都立の梅山です」
「梅山。知らないな」
笑い声が起きた。
「そうか。そのような高校から、この大学に入るやつなんて珍しいよ。よっぽど、お前は実績があるのか」
「いいえ、・・・全国大会には1回も出たことがありません」
「なんだって。じゃあ、なんでお前はここにいるんだ」
「なんで僕がこの伝統ある陸上部に入ることができたのかは、僕自身も不思議な気持ちでいっぱいです。しかし、僕には夢があります。どうしても箱根駅伝に出て、走りたい。それさえできれば僕は死んだっていいとさえ思っています」
きっぱりといった。
(死んだっていいだと)
みんな笑い出した。同級生まで笑っている。
しかし、数日後、この「死んだっていい」という言葉があながち嘘ではないことを部員たちは知ることになった。
朝は一番早く起きて、朝練習に励む。夜は夜で、4軍の練習が終わった後、照明が消された薄暗いグラウンドで1人もくもくと走っている。中学から続いている、がむしゃら練習の再現であった。
(あいつ、本当に死ぬぞ。しかし、あれほどの情熱を持っているとは)
同室の杉浦は、その姿に胸が締め付けられる思いがした。
1ヶ月たっても、高畑は変わらない。毎日毎日、大学の授業以外は、寮とグラウンドの往復の日々。人の2倍、3倍は練習している。雑用も誰よりも多くこなしている。
「おい、杉浦、お前の同室のやつ、あいつ頭がおかしいんじゃないのか。4軍のくせに」
こんな感想を言う部員が何人となく、現れた。
「一生懸命でいいじゃないか」
杉浦はそのたびに軽く受け流した。しかし当初、さげすみを感じていた杉浦は、あまりの高畑のがんばりに、それまでと違う感情が芽生えてきた。
(あいつはすごい。俺に足りなかったのは、あのひたむきさではなかったか)
杉浦は高畑を一人の人間として認めた。というより、後輩である高畑を尊敬のまなざしで見るようになった。