
『社長の条件・軌跡』 生涯の出会い掲載しました!

『社長の条件・軌跡』 生涯の出会い!掲載しました 2014.12.22
三 生涯の出会い
「僕、高畑博といいます。よろしくお願いします」
高畑は東洋文化大学陸上競技部合宿所「飛翔寮」の扉を開けた。エントランスに1人、部員がいて、これから出かける様子だった。
杉浦秀人だった。
高畑は杉本と目が合う前から、深々と頭を下げて挨拶をした。
杉浦は3年生。高畑から見れば、2つ上の先輩という立場である。
「やあ。新入生だね」
杉浦は笑顔を返した。今日明日、新人の入寮者が来ることを、寮長から伝えられていた。
「はいっ。お世話になります!」
「僕は杉浦。こちらこそ、よろしく。君は何号室?」
「225号室と言われています」
「225」
杉浦は改めて高畑の顔を見た。
「僕と同室じゃないか・・・そうか、高畑君が君か。失礼した、寮長から聞いていたよ」
伝統ある飛翔寮では、1年生は上級生と同部屋で暮らすことになっていた。
上級生の寮長が、任意に決めることになっており、それはあらかじめ発表されていた。
1年生は、右も左も分からない。身近な生活の中で、上級生から心構えなどを教わるのが一番だ。ひいてはそれが人間形成にも、部活の成績向上にもつながるに違いない、というのが発想のもとである。多少荒っぽい指導をする先輩もいるし、使いっ走りを命令されることもある。それだけ歴然とした先輩後輩関係がある。
杉浦が手を差し出した。
「長い付き合いになるな。鍛えてやるよ」
白い歯を見せて笑いかけた。高畑は恐縮しながら、その手を握った。
「いきなり同室の先輩に会えるなんて! ありがとうございます!」
もう一度深々と頭を下げた。
「僕は出かけるけど、夕方には帰るからね。それでは、また夕方!」
杉浦は笑顔のままドアを押し、外に出た。高畑は最敬礼で見送った。
(いい人だな)
さっきまで緊張していた自分がウソのような気がした。杉浦の笑顔がまぶたの裏に残っていた。不思議なやすらぎを感じさせる笑顔であり、快活な明るさ、優しさに包まれた物腰だった。
(長い付き合い・・・俺は、すばらしい人の傍に来たのかもしれない)
不意にそんな気がした。
高畑はエントランスの中にある大きなガラスケースに目にやった。壁面いっぱいのガラスケースには各種トロフィーがところ狭しと飾ってある。彼が箱根で見た、あの奇跡の逆転優勝を果たした年の優勝盾もある。
高畑は、それらを一覧して、改めてこの伝統校で、自分がなんとしても箱根駅伝に走ること、そのためにすべてを犠牲にすることを心に誓った。
日本の学生陸上界を代表する伝統校、東洋文化大学は輝かしい実績を残している。設立は1930年、昭和5年。箱根駅伝が始まって10年後に陸上部ができたことになる。その箱根駅伝では、これまでに4度の優勝実績がある。関東インカレや各駅伝大会でも好成績を残している。ここを巣立ったものには、いま恵比島南高校の監督である吉田をはじめ、多くのマラソン選手がいる。
現在、部員は総勢100名。短距離、中距離、長距離、その他と各種目ごとに、セクションが分かれている。
高畑も在籍することになる長距離セクションはもっとも部員数が多く、40名が在籍。ほとんどが推薦やセレクションを通って入部してきた人間たちで、一般入試から入部してきた者はまずいない。その選ばれた40名がまた1軍、2軍、3軍、4軍、マネージャーと分けられる。練習内容もそれぞれレベルに合った内容に細分化されている。
1軍はエース級の人間が集まる。ロードはもちろん、関東インカレなどトラック競技にも出場する。将来のオリンピックも目指し、長距離を走りながらスピード練習も常に行う。長い距離を安定したペースで走るだけではなく、その中であえてペースを上げたり下げたりを行うが、この練習は才能がなければ、かなりきつい。箱根駅伝ではエース区間を走る。1万メートル28分前半というのがその条件だ。
2軍はオリンピックを目指すほどの素材ではないが、関東インカレなどにも出場できる存在。1軍の練習とほぼ同様だが、ペースのあげ方は1軍よりもゆったり、というのがその違いだ。ここも駅伝だけではなく、トラック競技などにも出場が許される。箱根駅伝では勝負どころで投入される。1万メートル28分後半が条件だ。
3軍は、ロード専門の選手。ペースを安定させて、長い距離を走ることができる力を養成する。ペースの上げ下げは厳禁。いかに、同じペースを持続できるかが問われる。箱根駅伝だけをひたすら目指す階層で、実際のレースではブレーキを起こさないように走ること、大崩れしないことが至上命題で、これがこの3軍の使命である。いかに1軍、2軍にいい状態でたすきを渡すかが重視される。3軍が一番人数が多く約半分がここに在籍している。1万メートル29分から31分までの選手がこの中に入る。走りに特徴がないため、金太郎飴養成軍と揶揄されることがある。
そして、4軍。4軍は「マネージャー予備軍」「市民ランナー」という蔑称がつけられ、専門のコーチも配置されていない。とにかく勝手に走れという存在だ。
それぞれ、月に一度タイムレースを行い、入れ替えも豊富に行われる。ただ半年間4軍のままだと、選手をサポートする側に回される。マネージャーである。いったんマネージャーになると、もう選手の立場に戻ることはできないという暗黙の了解事項がある。
つづく・・・