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社長の条件と軌跡

『生まれてはじめてみたもの』PARTⅣ掲載しました

『生まれてはじめてみたもの』PARTⅣ掲載しました 2014.11.26 

 

 

言いようもない感動が身体を包み込んだ。

 全選手が彼の前を通過した後、旅館に戻った。

母と姉はお風呂に向かった。

博はそれどころではなかった。さっきの選手はどうなっているだろうか。急いでテレビをつけた。父も博と並んで座った。

しばらくして、ブラウン管の中に、博が大声で応援したあの選手が映し出された。足取りは軽くはない。しかし、また力を取り戻しているようだ。テレビの実況によると、徐々にではあるがスピードを回復しているとのことだった。

 安堵した。

ゴール地点には続々と選手が駆け込んでいる。あの選手もゴールを目前にしていた。あと100メートル。身体を大きく揺らしながら、ラストスパートに脚質を切り替えた。どこにこんな力が残っていたのか。あごを上げ、腕を大げさなほど力強く振りあげる。不恰好ではあるが、スピードが上がった。そうして、身体ごと、倒れこむようにゴールに飛び込んだ。

 意識はほとんど朦朧としているらしく、部員に身体をあずけ、運ばれていく。

 その一部始終を見ていた博は、再び、熱い思いが心の底に沸きあがるのを感じた。

 驚きはこれで終わらない。

翌日の東洋文化大学は復路の選手が大いに活躍し、3位入賞を成し遂げた。驚異の粘りだった。5区のブレーキをなんとか、取り戻したい、その思いでがんばったと、テレビのインタビューで、ある選手は語った。

 駅伝観戦を終えて、博は父親に言った。

「昨日、歩き出した選手は、本当に疲れきっていたね。もう一歩たりとも歩けないという感じだった。でも、またがんばって走ったね。かっこよかったなあ」

 義男は、博の目を見つめた。長男の瞳に輝きのあるのを確かめると、納得するようにうなずいた。それから、彼がこの場で言いたかったことを、さりげなく、ゆっくりと口にした。

「博、いいものを見たね。いい経験をしたね。昨日と今日、見たことは本当に大切なことなんだ。駅伝は、個人種目じゃない。大事なことは、たすきを前の選手から受け取り、次の選手につないでいくことなんだ。あのたすきには、選手、選手にはなれなかった部員、応援する人、指導してくれる人、そして、多くの先輩たちの思いがつまっている。あのときあの選手は、あんなに追い詰められた状態でも、たすきの重さを感じて、また力を湧き出させたんだよ。だから、走ったんだ。走れたんだ」

 義男は深く息を吐いて、真剣なまなざしで言った。

「お前に見せたいものがある」

 昔から使っている古びた旅行かばんの中から、ごそごそと何かを探し出した。そのかばんには不似合いな、いかめしい箱を出した。この旅行のために、わざわざ持ってきたものらしい。

「これだよ」

中を開けた。

褪せて汚れきったオレンジ色のたすきがあった。

「これはな、お父さんが、高校時代に使っていたたすきだ。お父さんは、高校時代、陸上部だった。仲間と駅伝にも出た。これはその高校で代々使っていた、たすきでね。お父さんの先輩も、みんな使っていた。でも高校は、お父さんたちの代を最後に、近くの、同じ県立高校と統廃合されることになった。うちの陸上部もなくなることになり、このたすきも必要なくなった。それで監督さんに、キャプテンをしていたお父さんがこれを託されたんだ。そのとき監督さんはこういったよ。『人生には、苦しいときも、つらいときも、楽しいときも、退屈なときもある。楽しいときはいいが苦しいときには、人間は勇気が必要だ。また、楽しいときほど、しっかり自分を見つめなおさなければいけない場合がある。たいへんなとき、つらいとき、逆に順調すぎるとき、このたすきを見なさい。そのときこれはいつもお前に力を与えるだろう』って」

 父親は、そのたすきを息子の肩に掛けた。

「博。まだ話すには早すぎるかもしれないが、お父さんは、今の仕事、ゆくゆくは博に継いでもらいたいと思っている。お父さんはいま、お前にたすきを手渡すまで、懸命に仕事に打ち込んでいる。でも、お父さんも、いつか走れないときがくる。そのときは、博がお父さんのたすきを受け継ぐんだ。博もその気構えをもっていてくれよ。そのときまでこのたすきはお父さんが持っている。しかしいざとなったら、これをお前に手渡すからね」

 博は肩に掛けたたすきに目をやった。

「うん。絶対だよ。僕、約束するよ。お父さん、僕、2つの目標ができたよ。1つは、自分も箱根駅伝を走りたい、いや走るんだっていうこと。東洋文化大学から箱根駅伝に出たいなあ。

 そうして、もう1つは、いつかお父さんからたすきを受け継いで、仕事をするんだってこと。お父さんの、大事な大事な仕事を、僕が受け継ぐよ。そのときはそのたすきを僕にちょうだいね」

 

 高畑博が父から事業を受け継ぐ、8年前の父と息子の約束だった。

 

 

つづく・・・

 

 

 

 

 

 

 

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